ようこそ青森ロータリークラブへ

発展する北のまほろば・青森市

青森市は近世初頭までは善知鳥(うとう)村という一寒村であったが、1625年(寛永2)津軽2代藩主信牧ここに港を開き、江戸方面との海上交通をはじめたことが、今日の青森市の基礎となった。それでもまだ明治維新の頃で約1万人の町であったが、1871年(明治4)廃藩置県で県庁所在地となり、1898年(明治31)には市制をしき県の中心都市として大きく発展した。
しかし第二次大戦で空襲を受け(昭和20・7)壊滅的打撃を受けた。だが戦後意外に早く復興し、新都市計画のもとで近代都市へと面目を一新した。中央諸官庁、銀行、会社など出先機関をもち、政治、経済、産業、文化上青森県の核心をなす青森市は浪岡町との合併、東京~青森新幹線の開通と21世紀に入りさらなる飛躍が約束されている。
青森市はまた全国でも屈指の観光都市で、国立公園十和田湖と八甲田山への玄関口であり、津軽・下北両国定公園への拠点ともなっている。市北東部には東北の熱海といわれる浅虫温泉があるほか、十和田湖へのルート上に酸ヶ湯、上ケ倉、蔦、八甲田など野趣豊かな温泉がある。また8月2~7日に行われる「ねぶた祭り」は、豪華な山車(だし)と踊り狂う跳人(はねと)によって興奮のルツボと化す。そのスケールの大きさは全国でも一番といわれ約300万人の観光客が訪れる。

人口 304.000人 (平成22年4月30日現在)

青森ロータリークラブ・小史

1953年5月28日 博労町(青柳)工業会館にて仮クラブ発会式を行う。
1953年6月15日 国際ロータリーの加盟承認を得る。日本のRCの100番目。

チャーターナイト

1954年6月19日 チャーター・ナイトを行う。
スポンサークラブ=東京、秋田、盛岡の各RC。チャーターメンバー22名。
特別代表は柏原孫左衛門氏(東京)

チャーターナイト

1955年9月 弘前RC誕生。
1956年2月 第1回青森県3RCインターシティー年フォーラム開催。
1956~57年 青森RC奨学資金贈呈、東北北部3県インターシティー年ゼネラルフォーラム開催。
1958年1月 青森東RC誕生。
1957年6月 クラブ創立5周年、青森市制60周年施行60周年に「愛の鐘」寄贈。会員故斉藤忠二氏提唱「あきない訓」配布。
1959年3月 五所川原RC誕生。
1960年2月 三沢RC誕生。
1960年4月 むつRC誕生。
1960~61年 毎週ファイアーサイド年ミーティング開催。毎月1回「一日会長」制度実施。
1962~63年 会報500回発行。「平和の母子像」建立(クラブ創立10周年記念)。

平和の母子像

1963年10月 第350・352地区合同年次大会、札幌にて開催。
1964~65年 斉藤堅治会員第352地区ガバナーとなる。年次大会開催、大成功を収める。
1965年6月 三戸RC誕生。
1966年2月 青森ワンダーフォーゲル年クラブ誕生。
1966年3月 青森北東RC誕生。
1966年6月 県立青森東高校にインターアクト年クラブ創立。金木RC誕生。
1966年11月 鯵ヶ沢RC誕生。
1968年4月 黒石RC誕生。
1972~73年 平和公園植樹(クラブ創立20周年記念事業)。クラブ例会1000回
1976年5月 斉藤堅治パストガバナーの講話をまとめた「落穂集」発行

平和の母子像

1977年7月 当地区内で一番最初の100名以上の会員クラブとなる。
1978~79年 楠美知行会員がガバナーとなる。
1978年9月 「家族揃って地区大会へ」のガバナー・スローガンのもと第254地区年次大会を開催、1444名が参加、まさに空前の規模の大会となった。大会委員長・渡辺泰助氏、大会幹事斉藤純平氏を中心に、パネルディスカッション「ロータリーと環境問題」を行うなど内容運営共に充実した大会であった。
1979年5月 国際ロータリー東京大会に沼田会長以下36名参加。
1979年6月 青森南RC誕生。
1979~80年 ロータリー創立75周年を記念して平和公園に時計台を寄贈、平内町に米山梅吉先生顕彰碑と記念誌を編集出版寄贈、チーズブロー号記念駅伝大会が県内15RCの登録を得て盛大に実施した。
1982~83年 日本人2人目のRI会長向笠広次選出される。
1982年12月 クラブ創立30周年記念式典が県内外の関係者311名の参加者を得て執り行われた。記念行事として県立病院跡地「青い森公園」の緑化基金を県に、11月にオープンした新青森市文化会館の施設資金を市に寄贈した。
1984~85年 国際ロータリー創立80周年を記念して、身近な外国人8カ国14名の出席を得てインターナショナル。フォーラムを行った。
1985年5月 青森中央RC創立。
1986~87年 斉藤賢治パストガバナー著「落穂集」再発刊。
1987~88年 会友制度を新設し、クラブ定款細則に加えた。
1988~89年 青函トンネル開通、青函博の開催と閉会、昭和天皇崩御があった。
1989~90年 交通事故防止を願い、青森署へ電光看板一式贈呈。緑豊かな年を願って、青い海公園に落葉樹2本植樹贈呈。例会昼食にそばコーナーが新設される。
1989年4月 青森モーニングRC創立。
1992~93年 三国智造会員がガバナーになる。例会昼食に粥コーナーが新設される。
1992年9月 「地域文化とロータリー」のガバナー・スローガンのもと第2540地区大会が当クラブのホストとして開催。内外の参加者1.558の記録を立てて開催された。
1993年4月 クラブ創立2000回記念例会開催。2540地区GSE派遣団、当クラブ大柳繁造会員を団長に3660地区へ派遣。
1995年4月 ブナ苗木500本(内200本植樹)青森市へ寄贈の開始。
1996年2月 青森ワンダーフォーゲル・クラブ創立30周年記念式典挙行。
1996年5月 京都南RCクラブと友好クラブ調印式を挙行。京都南RC29名、青森RC63名出席。
1996年6月 青森東高校インターアクト・クラブに替わり、新たに青森高校インタアクト・クラブが認証された。
1996年11月 京都南RC友好記念に醍醐寺五重塔側に「深雪むつ桜」植樹を行った。
1997年4月 浅虫湯の島清掃奉仕活動「日本一美しいカタクリの花咲く島に使用」をテーマに活動を開始した。
1999年3月 京都南RC友好クラブを姉妹クラブに格上調印式挙行。
2000年4月 2830地区GSE派遣団、大柳繁造会員が団長でデトロイトへ派遣。
2002~03年 大柳繁造会員ガバナーとなる。
2002年10月 「わが町にロータリーあり」のガバナー・スローガンのもと第2830地区大会が当クラブのホストとして開催。内外の参加者866名であった。
2003年4月 ビチャイ・ラタクルRI会長を迎えての第10回ロータリー青少年交換研究会が青森RCホストで行われた。
2003年6月 クラブ創立50周年記念式典・祝賀会開催。「青森ロータリークラブ50年のあゆみ」(「クラブ7年のあゆみ」、「クラブ30年の歩み」CD-ROM付)を刊行。また青森市民図書館に図書購入費を寄贈。
2003年6月 京都南RCと姉妹クラブ締結延長調印。
2004年2月 「ロータリー創立100周年を地域社会とともに祝う記念式典」を開催。三村伸吾知事、元RI理事板橋敏雄氏などの講演のほか、当クラブのオリジナル、ロータリー発生をテーマにした寸劇「三内丸山ロータリークラブ異聞」上演。
第9師団軍楽隊長佐藤龍彦氏の指導のもと指揮委員会を創設した。

寸劇「三内丸山ロータリークラブ異聞」

2004年10月 クラブ第2.500回記念例会を挙行。
2005年5月 市内6クラブでロータリー創立100周年を記念し平和公園に花壇を寄贈する。
2006年12月 総会のクラブリーダシップ・プラン原案がかかり、地区内トップで決議された。実際の実施は次年度からとなる。
2008年5月 クラブ創立55周年記念例会に先立ち、かつて青森クラブが青森市に寄贈した「ブロンズ平和母子像」を改修除幕式を行った。

「ブロンズ平和母子像」改修除幕式

2009年3月 京都南ロータリークラブ創立55周年記念例会にて、姉妹クラブ締結延長同意書の調印式が行われた。
2009年12月 「県立青森保健大学ローターアクト・クラブ」が認証された。
2011年5月 岩手県山田町にて高松北ロータリークラブや青森ローターアクトクラブと合同で被災地支援活動として炊き出し。
2011年11月 岩手県宮古市へ被災地支援活動、三味線の演奏会、リンゴや冬物衣料を贈った。
2012年8月 震災被災地岩手県山田町の子供達とその保護者をねぶたに招待。
2012年9月 震災被災地へ京都南RCとともに絵本の贈呈、訪問。
2013年5月 創立60周年記念例会及び記念式典開催。
京都南RCとの姉妹クラブ締結延長調印。
2013年10月 函館RCと友好クラブ締結調印。
2013年11月 被災地支援活動(岩手県宮古市田老地区)。
2014年4月 東日本大震災における被災者の支援活動に対する厚生労働大臣感謝状伝達式。
2014年5月 米山梅吉記念花壇造営(於 国立療養所松丘保養園)。
2014年9月 クラブ第3000回記念例会開催。
2014年10月 函館RC創立80周年記念式典・祝賀会参加。
函館RCと姉妹クラブ締結調印。
2015年6月 被災地保育園訪問(岩手県山田町・陸前高田市)。
2015年6月 米山梅吉記念花壇造営(於 国立療養所松丘保養園)。